会報誌(DDKだより)

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2016年05月発行 第264号 DDKだより

巻頭:日本的経営を考える


石田 仁

何かと、日本的経営が批判されています。主として終身雇用制と年功序列給与です。前者がなくなれば、他人よりうまく働けない者、会社に役立たない者、一言多い者は定年までいられません。貢献度が低いからです。簡単に言えば、解雇の濫用禁止から解雇の自由への転換です。後者の批判は、給与は年齢を問わず、働いた成果において決定される能力主義として主張されます。その結果、残業は、時間内にやりきれない者のする居残り作業なのだから、時間の長さで給料は決められない。いずれも、会社と社員は契約上、対等とみているのが特徴です。
 日本的経営のお蔭で、高度経済成長を支え、会社も社員も豊かになり、GDPも格段に高まりました。社員にしてみれば会社との約束で「定年まで雇ってくれるから、多少の残業や不満は我慢して」働いてきたのです。年功序列は、若いときに、給与は安いが、年を経て結婚し、子供が大学へ行く頃に最も給与が高まる合理的な制度です。誰にも適用される公平感があり、それこそ現在の格差社会にはふさわしいと言えます。
 バブルがはじけて以降、今日まで経済は低成長、実質賃金の低下は続き、会社は内部留保を追い求め、社員はひたすら質素・倹約につとめています。会社は、特に大企業は不況に負けない体力をつけるため、正社員の給与は時間の長さではなく、成果ではかることを切望しています。成果を出せなければ、給与を減らす根拠ができるからです。こうして、度重なるリストラを経て、終身雇用は漸次見直され、最大効率のために、パート、派遣社員等非正規が増え、正社員を減らし続けました。背景に95年、日経連が提言した雇用戦略『新時代の「日本的経営」』の雇用流動化策があります。正規と非正規に区分する方針は着実に政府の労働政策に受け継がれています。遅ればせながら、「同一労働同一賃金」に着手しそうな様相ではあっても。
 終身雇用と年功給与は日本の風土・文化や、社会的環境には合っていると思う。世界有数の長寿国である。社会保障は財源難であてにならないし、この先収入の不透明な若者にとって少しでも長く働ける終身雇用制はぜひ維持して欲しい。年功序列給与は安心感をもたらす反面、仕事のできる人にとって退屈な制度でもある。実情に応じて、年功とは別の基準による複線化で、ある程度の手直しは必要であろう。
 私は、とくに中小・零細企業では、日本的経営、踏み込めば、情に基準をおく、日本的経営の方がうまく行くと思う。現実にそのような経営がなされている。