会報誌(DDKだより)

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2019年03月発行 第298号 DDKだより

巻頭:もののあはれをしる


青木 正

 ‘もののあはれ’とは、日本人の心の目で感じとる古来からの美意識、しみじみとした情趣であり、無常観に通ずると江戸時代の国学者 本居宣長は説いた。この言葉が重用されたのは源氏物語で、雅な宮廷文化のありようの中での趣として表現されたが、やがて貴族から武士の世になると無常観としての色合いに受け継がれてくる。
 西行は旅路の空の月に‘もののあはれ’を重ね、鴨長明は川の流れにそれをたとえ、千利休は自ら切り出した竹の花生けで表現し、芭蕉は静寂の中に発せられたわずかな水の音にそれを詠んだ。
  “ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし…” 
 なんという無常観であろうか、方丈記の書き出しは誠にもって趣があり、引き込まれるような哀愁を誘う。平家物語の書き出しが直球としたら、方丈記はまさしく変化球である。
 今から約20年前に、私に‘もののあはれ’について説いてくれたのは、誰あろうフランス人であった。彼は外資系コンサル会社の日本法人ブレーンとしてパリからやってきた。他国に赴任する欧米人は、現地で人脈を得るためによく週末にホームパーティーを開く。そこに縁あって招かれた私は、集った欧米人の日本文化情趣に対する精通度に圧倒された。彼らは一般の日本人よりもある意味において日本通で、ことに古典・中世文学、古都としての京都・奈良、焼物・書画などに詳しく、私はその場にいるのが恥ずかしいくらいであった。
 いま、わが国には海外からの旅行者が過去に例を見ないほど来訪している。その中で、とりわけリピーターの方たちは、一般の日本人があまり行かないようなところへ行き、知らないことを知り、体験したことのないことをやってのける。彼らの多くは自国からのツアーではなく個人旅行者で、リピーター用のコアなガイドブック、ネット、SNSで情報を事前に調べて、スマホのナビを使い自分の足で歩き、特筆すべきは時の過ごし方において日本人の旅行者とはまったく異なる。
 これを機会に、日本を知ることによって日本人を知ってもらえたらありがたい。日本の情景や情趣、古来からの美意識にふれあうことで、ひいては日本人特有の考え方を理解してもらう良いチャンスであると思う。できれば、その方たちに歴史を遡って、しみじみとした情趣、無常観、‘もののあはれ’をしっていただければ幸いである。