会報誌(DDKだより)

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2020年10月発行 第317号 DDKだより

巻頭:時の人


青木 正

 大坂なおみ選手が、全米オープンテニス大会女子シングルスで2回目の優勝。2018年全米、2019年全豪、2020年全米と、3年連続のグランドスラム大会優勝の快挙である。男子顔負けの時速200kmのサービス、ダウンザラインのリターン、ドロップショットも難なく拾い、相手が前に出れば強烈なパッシングショット。
 現在22歳の彼女、17歳の頃から大器の片鱗を現していたが、いいところまで行くとミスショットで自滅していたのが印象的だった。それも彼女流の強気の攻めのテニスが故であろう。今ではショットの正確さに驚くほど磨きがかかり、勝負勘が素晴らしく、そしてなによりも精神的な強さが凄い。
 彼女は、昨今インタビューなどで、人種差別の問題に意見をはっきり主張するようになったのだが、それに対して「スポーツの世界に政治を持ち込むな」と批判された。時として、スポーツ選手はその政治的主張が仇となり、ファンや有力スポンサーの離反、ひいては選手生命をも失う危険性をはらむ。
 ところが彼女はその批判に挑むように、今回の全米オープンで、過去に黒人差別・ヘイトクライムの犠牲者の名前が1枚1枚それぞれに白くプリントされた、7名分7枚の黒いマスクを持ち込み、勝ち進むごとに名前の異なるマスクを着用して、戦いを終えた時「7枚全部付けることができてよかった」と発言。
 優勝の瞬間、共感したテニスファンはもとより、人々は歓喜し、そして感涙した。
 全世界に発せられた弱冠22歳の女子プロテニスプレーヤーの勇気ある行動は、後世まで語り継がれるだろう。
 優勝インタビューで「あなたはマスクで何をメッセージしたかったのですか?」と問われて、彼女はこう切り返した。「皆さんはどんなメッセージを受け取っていただけましたか?」これほどの名回答があるだろうか! なんと聴衆個々に答えを委ねたのである。それはまさに、テニスに例えれば、自分のバックコーナーギリギリに打込まれたスピードサービスを、前もって完全に読み切って万全の態勢でジャストミート、わずかにボール3分の1が切れ込むダウンザラインのリターンエースを決めた瞬間だった。
 試合後、大坂なおみ選手はこのようにツイートしている。
 「スポーツに政治を持ち込むなと言ってきた人たちが、かえって私を勝利へと奮い立たせてくれました。私はあなたのTVに可能な限り長く映り続けたいと思います。」

 多くを語る必要はない、勇気ある行動だけで伝わるものがある。