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会報誌(DDKだより)

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2021年03月発行 第322号 DDKだより


巻頭:中村哲医師の偉業とその一族


河原 八洋

 一昨年暮れにヒューリック有楽町ホールで催された「加藤登紀子ほろ酔いコンサート」に夫婦で参加しました。ロビーでは3週間前にゲリラに襲われ亡くなられた「中村哲医師」の活動を支えて来た「ペシャワールの会」の方々が募金活動をされて居ました。中村医師は九大医学部を卒業され、国立備前医療センターに勤務されていた頃、キリスト教医療協会から「パキスタンのペシャワール病院」に派遣されました。その後にソ連軍のアフガン侵攻により、三百万もの難民が押し寄せ、これへの医療対応も増えました。ところが2000年に入り、温暖化の影響で、アフガンでは4000m級の山々の「万年雪」が減少し川が枯れ、農地が砂漠化し、食料自給率100%の村々では、餓死者が続出する様に成りました。こうなると「100の診療所より、1本の水路」という事で、方々に呼び掛け寄付を集め、灌漑用の水路を造る事にしました。自らも重機運転を習い、現地農民に日本人ボランティアを加えた部隊で13年掛けて、全長25Kmの用水路と1600本の井戸を完成させました。これにより6,500haの農地を取り戻して、65万人が生活出来る様に成りました。また工事に毎日600人~1,000人の人が雇用されて、ゲリラに行かなくても暮らせる様に改善されました。この工事費14億円を集め、支えたのがペシャワールの会です。登紀子さんも20数年前からの会員だそうです。この中村さんが19年12月4日、車で移動中ゲリラの襲撃で亡くなられました。
 医療支援活動から始まった関わりが、いつしか平和な国創りへと発展して、人々から敬愛される偉大な人に成りました。この中村医師の強い使命感と強固な意志はいったい何処から来たものでしょうか。調べてみますと、母方の祖父は福岡の炭鉱で石炭を船に積み込む沖仲仕を束ねる『玉井組』の親分で、当時の武勇は長男の芥川賞作家『火野葦平』さんによって『花と竜』として書き上げられ、村田英雄の唄と石原裕次郎の主演で映画化されています。長女は中村家に嫁ぎ生まれた長男が『哲』さんです。哲医師は『富める者と貧しい者の命は決して平等ではない』と直視され、儒教的な『論語』を愛し、『内村鑑三』のキリスト教を信仰し、最澄の『一隅を照らす』をよく使われたそうです。
 19年12月11日福岡で行われた哲医師の告別式で、長男の健さんは『最初に申し上げたいのは、父を守る為に亡くなられたアフガニスタンの運転手の方、警備の方、そして残されたご家族の方々への追悼の思いです。申し訳ない思いでいっぱいです。悔んでも悔やみきれません。父もこの場に居たらきっとそう申すはずです』この挨拶の中に玉井組権蔵親分から4代に渡って、脈々と流れてきた血脈を見た思いがします。
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