会報誌(DDKだより)

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2023年11月発行 第354号 DDKだより

巻頭:東大埋蔵文化財調査室と巡る本郷キャンパス


河原 八洋

 石川県人会のお誘いで、9月30日9時から昼食を挿んで、15時近くまで東大本郷キャンパスの発掘調査で出土された弥生式土器や、旧加賀藩邸跡の出土品などの説明を受け、現地を見てきました。
 現在東大本郷キャンパスとして使われているところは、加賀藩邸の他に奥の部分は大聖寺藩と富山藩跡で、正面左の弥生キャンパスは水戸藩駒込邸跡の様です。今回この企画が出て来たのは、赤門の傍に新たな建物を計画している事による事前調査で、江戸時代の中仙道(現本郷通り)と加賀藩邸の地境溝の石組みが非常に良い状態で発見され、今回の公開に成った様です。確かに藩邸側の石積みは、形も大きさも揃っているのですが、公道側の石積みは大きさが不揃な為、少し違和感も有りますが、街道を行きかう人達に、見えるのが向い側(加賀藩邸側)の為、それで良かったのかも知れません。
 加賀藩前田家には2代利長公、3代利常公、5代綱紀公、13代斉泰公の元に徳川家から姫が嫁いでいます。13代斉泰公の元に嫁いだのが、徳川11代将軍、家斉公の娘「溶姫」で、この姫を迎い入れるために建てられたのが、切妻造り、本瓦葺きで左右に番所を設けた『赤門』です。(重要文化財)この祝賀行事の件は、20年前に『武士の家計簿』を書かれた磯田先生から秘話を聞いています。婚礼には大変お金が掛かり、費用圧縮の1つとして「婚礼の行列では縁起を担ぎ、終わるまで後ろを振り向かない」との作法をヒントに、古文書には赤門内側の漆塗りの回数を減らして、費用を圧縮したことが、書かれていたそうです。
 案内をして頂いた、埋蔵文化財調査室の堀内秀樹先生は、「発見された石組み地境溝は、今までに発掘調査で発見されて来た、どの地境溝よりも大規模、かつ丁重に作られており、徳川将軍家から溶姫を迎える為、加賀藩が「威信をかけて整備した表玄関にふさわしい造りに成っている」とお話しされていました。現在の位置は明治末期の区画整理で、15mほど西に移築しているそうです。
 私の5代前の祖先「猪山信之」が予算を切り詰め祝宴を企画したことを思えば、今も昔も関係なく勘定方は常にコストダウンに心を砕いている事がよくわかりました。