会報誌(DDKだより)
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2023年12月発行 第355号 DDKだより
巻頭:カオス シンドローム
青木 正
世界は‘融和と協調’が時代の潮流とされていたにもかかわらず、いつの間にか‘分断と対立’がこれほど同時かつ深刻に起きてしまうことを誰が予想したであろうか。今やグローバリズム思考は衰退し、国益追求のナショナリズム思考が台頭するようになったのは誠に残念なことである。
地中海東岸に位置するパレスチナ地域、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3つの宗教聖地が重なるエルサレム。パレスチナを含むアラブは第1次世界大戦中に英国が3枚舌外交を展開したことに続き、戦後オスマン帝国崩壊で列強国を信じなくなった。私は90年代にピーター・オトゥール主演の映画「アラビアのロレンス」を観て、汎アラブ主義を少し知ることができた。色白で青い目の情報将校トーマス・エドワード・ロレンスは、英国のスパイとしてアラブに送り込まれる。しかし次第にアラブ人社会に溶け込み、彼らの建国理念に共鳴していつしか行動を共にするが、最終的に英国は彼らを見捨て、アラブからの撤退を決定、はしごを外されたアラブは混迷へ。第2次世界大戦終結後に引き継いだアメリカが、ローマ帝国に追放されて以来1900年ほど国を持てず流浪の民となりホロコーストで迫害されたユダヤ民族のためにイスラエルを国家承認したことにより、彼の地において民族・宗教紛争は絶えることがない。
同じくクリミア半島も古くから海上・陸上交通の要衝地であり、黒海に位置する不凍港として軍事も海運も地政学的に価値がすこぶる高い。19世紀半ばに勃発したクリミア戦争は、ロシア帝国とオスマン帝国のナショナリズムのぶつかり合いに加えて、聖地エルサレムの支配問題が重なり、のちにフランスと英国が参戦したが、結局のところ明らかな戦勝国は存在しなかった。そして21世紀にまたこれらの要衝地をめぐる戦争がほぼ時を同じくして起こるとは、まさに ‘カオスシンドローム = 混沌症候群’ の再来にならなければ良いが。
近年、世界は国際問題としてCO2削減目標を設定し脱炭素を推進してきた中で、戦争・紛争地域では兵器によってどれだけのCO2が排出され、加えて昨今の世界異常気象との関連性はどうなのか? コロナパンデミックがようやく収束に向かい、各国が協調して感染症で疲弊した経済の立て直しを急務とする時期において、人々が破壊し合い、傷つけ合い、殺戮し合うとは、なんと虚しく悲しいことだろうと真に思わざるを得ない今日この頃である。