会報誌(DDKだより)

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2024年07月発行 第362号 DDKだより

巻頭:税務調査雑感


齋藤 正広

 先日、美容室を営む個人事業主Aさんに税務調査が入りました。事前通知なしで朝9時に自宅へ3名、店舗へ2名もの調査官が一斉に訪れたのです。マルサ(査察による強制調査)ではないので、突然の調査は日程を変更させて断ることができます。しかし、顧問税理士のいないAさんは調査に応じてしまい、5年分で1,500万円もの売上計上漏れを修正申告するように迫られてしまいました。
 かつて大きな美容室で人気美容師として勤務していたAさんは、過酷な長時間労働と顧客本位でない儲け主義の経営方針に疑問を抱き、独立をしました。1人で営む小さな美容室ではありますが、お客様一人ひとりに時間をかけて丁寧な接客を行い、無理な予約はとらず家族との時間を大切にする、かねてより理想としていた生活を実現していました。しかし、長引く新型コロナの影響でさすがに売上が大きく減少してしまい、これから再び立ち上がろうとしていた矢先の税務調査でした。
 弊社のお客様のご紹介でこの調査の交渉を引き受けることとなり、Aさんの美容室を訪問しました。税理士としての長年の経験から、Aさんの言動や表情からウソをついているようには見えません。また、経理担当の父上は、自分が作成した申告書のせいで息子を苦しませてしまったのではないかと大変心を痛めている様子でした。
 調査官の主張は、「売上が同業者に比べて少なすぎる。カード売上割合が同業者よりも高いので現金売上を抜いているはずだ。そもそもこの申告の内容では生活できない。」というものでした。また、事業とは関係のないAさんと父親の個人生活用の預金履歴までも調べ上げていました。
 私たちは、売上が少ないのは新型コロナの影響と経営方針の問題であり、原価金額が少ないことからも、売上の計上漏れはないと主張しました。結局、調査官は売上計上漏れを客観的に立証することはできず、是認(修正なし)となりました。
 しかし、今回の調査でAさんと父上は精神的に大きく傷ついてしまいました。個人の人生観、価値観を尊重せず、はなから納税者を脱税者扱いにして行われた調査に大きな憤りを感じます。実は、先進国で納税者の権利を保障する法整備がされていないのは日本だけなのです。改めて日本の税務行政の後進性を実感しました。
 しかし、5人もの調査官を投入して修正税額は0円。今話題の裏金問題に税務署の人材を投入すればもっと税収が上がるのに、と思ってしまう今日この頃です。