会報誌(DDKだより)

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2025年07月発行 第374号 DDKだより

巻頭:きせつの はな そして うた

青木 正

 行き交う人々の喧騒から離れ、初夏の木漏れ日と樹々の香りを浴びつつ、清寧なる心で小砂利の参道を踏み歩むと、さき手左奥に瀟洒な明治神宮御苑の入口が現れます。

◇ うつせみの よよぎのさとは しづかにて みやこのほかの ここちこそすれ
 明治天皇の御製。時の頃は明治、睦仁陛下が季節の花々と自然のお好きな皇后のために、旧代々木御苑の田んぼを改修造園させたとされる ‘明治神宮御苑菖蒲田’。この時期、壮大な御苑に花開く色とりどりの美しい花菖蒲は、御名札により約150品種がわかり、初夏の訪れとともに毎年6月に満開を迎えて一般公開され、今年もまた散策に伺いました。

◇ こちふかば にほひおこせよ うめのはな あるじなしとて はるなわすれそ
 遡ること2月は毎年、わが国を代表する日本画家のひとり 伊東深水(朝丘雪路さんの実父)の自邸とアトリエがルーツの ‘池上梅園’ へ。西方へ都落ちする 前右大臣 菅原道真公に思いをはせ、三寒四温の中、いのちの息吹を感じる紅白梅は馥郁たる香り。

◇ ひさかたの ひかりのどけき はるのひに しづこころなく はなのちるらむ
 3月下旬は何といっても桜見、西郷山公園 (隆盛の弟 従道 元邸宅) の桜から、ゆるりと坂を降りて目黒川両岸の桜へ、紀 友則のうたにのせて、春のそよ風にひらひら舞う ‘そめいよしの’ の楚々とした美しさは格別かと。

◇ いにしへの ならのみやこの やへさくら けふここのへに にほひぬるかな
 4月中頃は、清楚な ‘そめいよしの’ から 絢爛な ‘やえざくら’ へ主役も交代。伊勢大輔のうたとともに、晩春は新宿御苑のさまざまな八重桜を愛でながら、友とカジュアルな野点の一服を楽しみます。

◇ からころも きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞおもふ
 5月は根津美術館 庭園御池の燕子花(かきつばた)、凛としてこの上なき姿。伊勢物語 在原業平 東下り 八橋のこのうたをもとに、後世の大傑作 尾形光琳筆 国宝 燕子花図屏風が生まれたことは誠にもって興味深い。

 うつりゆく時を越え ‘きせつの はな そして うた’ は美しさと趣きで人々を魅了し、その花の命が短ければ短いほど、散り際はどこか楚々として潔くも、時としてもの悲しく、それゆえ私たちの心に深く刻まれてゆく、まさに 日本情緒 そのものですね。